「蜀黍畑(もろこしばたけ)」の碑は、雨情が鶴田で詠んだ数少ない詩、
夜明け頃やら羽黒山あたり
朝の朝日がほのぼのと 雨情
にちなんで、羽黒山頂の羽黒神社前に昭和57年5月30日、当時の雨情会長雨宮義人によって建立された。
除幕式には県文化協会長になった泉漾太郎をはじめ、最大の協力者柿沼宏ら多くの関係者が出席した。碑文は雨宮会長と同じ高校に勤めた書家石川木魚が揮毫し、ブロンズに刻まれた。
♪蜀黍畑
お背戸の 親なし
はね釣瓶
海山 千里に
風が吹く
蜀黍畑も
日が暮れた
鶏さがしに
往かないか
農村に暮らす素朴な子どもたち、自然たっぷりな農村の情景を簡潔にまでに表現されたこの作品は「日本詩歌の絶唱」とまでいわしめた傑作詩歌といわれている。特に一句の「お背戸、親なし、はね釣瓶」は言葉の繋がりがなく、読む人の想像に任せ、二句での「海山、千里」で広大無辺な空間を表現し、三、四句で農村の情景を描きながらまとめている。
藤井清水、渡辺浦人、金田一春彦など作曲者は多い。
主に雨情の詩を歌おうと結成された「雨情合唱団」では、この歌を最後の括りとして、合唱している。