雨情伝説

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存彌編の『野口雨情』―郷愁の詩とわが生涯の真実―から、これまであまり知られていなかった、雨情の一面を拾ってみた。

■童心居

 武蔵野市にある井の頭公園には、井の頭音頭の一節を印した碑が建っている。
  鳴いてさわいで 日の暮れ頃は
  葦に行々子 はなりやせぬ    雨情
 公園の地続きに井の頭自然文化園がある。その中に杉皮葺きの門があって、その奥に小さな書斎「童心居」が建っている。
 雨情は大正13年に巣鴨から移り住んだ際に書斎を建て、応接室、安息室としても利用した。優れた童謡、民謡がここで生まれている。
 門に「童心居」と自書し、その脇に「人生は随筆である」と小書して掛けておいた。その考えは「一貫した長編でなく、随筆のごとく端的なものであると思う。端的であるから、予めの結果を定めようとしても愚かなことである。そう考えたとき安心もできるのである」
 

■文学を志した動機とペンネーム

 少年のころ、まぎらわしくない号を付けようと中国の古い本をあさって、春雨の降る意の「雲恨雨情」という詩語からとった。
 万葉以後、土を離れてお座敷文学となってしまった日本の文芸を土の上に呼び戻そうと思った。
 娘の名前に香穂子、千穂子、美穂子と、野口家の野から連想した稲の穂の字を付けた。
 

最初の原稿料

 明治35年に「婦人と子供」という雑誌にお伽噺を毎号書いたところ、その原稿料はビール半ダース。それを一本ずつ友人に配ったが、誰も信じてはくれなかった。当時はこちらから掲載料を添えて載せてもらう時代だった。
 

■苦痛の旅人

 私は旅が好きなのではない。東京におれば苦痛なのである、苦痛を逃れるために、旅の安息所へ出かけるのである